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日なたの窓に憧れて

メンヘラなおたくの雑記です。

名前をつけてやる

思考

 

 

 

大学生になってから、鬱な時間が増えた気がする。ツイッターでたくさん見かける、精神病の人たちに共感していいねをするだけの空虚な時間。精神科を受診しようか迷っている。

 

一番最初に精神が不安定になったのは中学二年生くらいのころだ。眠くてねむくて、毎日15時間くらい寝て、学校へは一応行っていたけど授業中も休み時間もずっと寝ていた。三年生になっても同じで、ご飯を1食も食べない日が増えて、夜眠れないからいつも学校で寝ていた。

そのころは、携帯電話は持っていたけどネットに繋ぐなんてしていなかったし、パソコンは親のものだったから、もっぱらノートにぐちゃぐちゃ戯言を書いておさめていた。「死にたい」という欲求もなくて、ただただ時間に流される人形みたいにからっぽで、このまま何十年も過ごすことへの絶望ばかりで埋め尽くされていた。

 

高校生になって、明確に「死にたい」と思うようになった。生きていて、たしかに楽しいこともある。でも、辛いことのほうがずっと多い。プラマイゼロ、否、プラマイマイナス。なら、今死んでしまったほうがずっと楽じゃない。なんでみんなそんなに必死に生にしがみついているの?ってね。

でも、高校生になって、寄り添ってくれる人が何人もできた。初めて、家にはいっぱい借金があって、生きるのが辛いって弱音を吐いた友だちができた。そうやってメンヘラかまってちゃんのようなことをしても、真面目に聞いてくれる友だちができた。鬱でひとりで泣いていても、朝になれば、くだらないことで笑い合えた。それに、オタク活動を知って、それをちょっとできることで数ヶ月先の生きる意味ができた。「お前は根性がないわけじゃない」って言ってくれる先生がいた。

わたしが勝手に恩義を感じている、高校二年生、三年生で担任をしてくれた先生。わたしに楽しい思い出をいっぱいくれて、辛いときに泣かせてくれた先生。

その先生が、卒業式の時に言った。

「順番は間違えるな」

死ぬ順番は間違えるな。お母さんやお父さんや、俺より先に死ぬな。

クラス全体に話していたときだったけど、私はそれがまるで自分に言われたことのような気がして、涙をこらえるのに必死だった。両親より先に死ぬのはよそう、と思った。それは勝手に私が先生と結んだ、約束だった。

 

大学生になって、先生やいつもそばにいてくれた友だちと離れるのが死ぬほど不安だった。文字通り死にたかった。でも、大学にもなあなあの楽しみはあったし、気の合う友人もできた。でも、大学でのわたしは健全で、健康で、オタクでもメンヘラでもない。明日や未来になんの疑問も抱かない幸福な人と一緒に、幸福なふりをしてる。たまに、羨ましさで気が狂いそうになる。財布に小銭しか入ってない、って笑えるあなたは、一本親に電話をかければお金に困ることなんてないんでしょう?

この世で生きるのも、まして死ぬのにも、精神病の診断をもらうのも、必要なのはお金。

 

わたしは両親に愛されてる。だから今、生きてる。両親が、わたしが幸福に生きてる姿を見て幸福に生涯を終えるまで、わたしは死ねない。

最近は、時が来たら樹海に行くことしか考えてない。結婚も、子どもも、そんな永劫未来に続くこと、わたしにできるわけがない。お葬式だって、あんなにお金のかかる無駄なことしなくていい。だからとにかく早く。

 

こんなことばかり考えて周りにかまってちゃんをやるくらいなら、情緒不安定で授業行けなくてで単位もらえなくなるくらいなら、精神科を受診しようか迷ってる。

でも、ネット上で精神科にお世話になってる人で、きちんと治ってる人を見たことがない。薬漬け、金の無駄?

なにより、「○○病」って名前がついたら、今までがんばれてたことが何にもできなくなりそう。

 

死にたい発作ができた時にツイッターに書いて下書きにおさめて、発作がおさまってから下書きを読んで「わかる〜~〜!!!!!」ってなるのがやめられない。誰かに抱いてほしい。死にたい。