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日なたの窓に憧れて

メンヘラなおたくの雑記です。

とてもとても好きだった人の話

 

 




今月のテストが終わったら春休みに入り、わたしは来年大学2年生になる。ようするに、大学生になって1年が経とうとしているのだ。その1年の間にあった苦くて笑えて、すでに思い出になってしまった話を、長々と自己満でしようと思う。


大学生になって、サークルで出会ったひとつ上の、でも年は2つ上の先輩を、好きになった。サークルに入るとき、絶対軽音サークルに入ろうと決めていた。わたしは邦楽ロックが好きだ。しかも、80年代・90年代のバンドが好きで、最近出てきた音楽はほとんど聴いたことがない。でも大学の軽音サークルなんてのはみんな今の音楽ばっかりやってる人たちがほとんどで、一通りサークルを見学したわたしは少しがっかりしていた。
中学生のときから、音楽は独りで聴くもので、共有するものじゃなかった。大学に入って、やっと誰かと共感しあえると思ったのに。
今どきの大学のサークルは公式でツイッターをやっていて、わたしはそれを非公開リストに入れてこっそりと盗み見ていた。その中のひとつに、BLANKY JET CITYの赤いタンバリンのライブ動画があがっていた。わたしは、即決でそのサークルに入ることを決めた。
結局、サークルには趣味の合う人はあまりいなかった。わたしが見た動画の人たちはすでに引退した4年生で、わたしは少しがっかりしたけれど、たった1人だけ、ぴったりと音楽の話が合う人がいた。Yさんだ。そして、Yさんはあのライブ動画でギターボーカルをやっている人だった。

Yさんは一浪の2年生で、パートはギターとボーカル。サークルのほとんどのメンバーが認めるほど彼のステージングはかっこよかった。初めてライブでYさんを見たとき、「この人だ!」と思った。彼から目が離せなかった。音楽性が似てるんだからかっこいいと思うのも当然だけど、それ以上に、彼はわたしの求めていた「ロックスター」然としていた。でもステージから降りた普段のYさんは、あの暴れっぷりが幻なのかと思うくらい穏やかで静かな人だった。そこがなおさらわたしを夢中にさせた。
Yさんとわたしはすぐに意気投合した。音楽について話せば話すほど、お互いのセンスに共感したし、わたしより遥かに豊富な知識があるYさんにわたしは脱帽した。Yさんのライブが好きだと、ことあるごとに言っていたから多分、Yさんもわたしを気に入ってくれていた。

 

初めてYさんに会ったとき、「ねえ」と後ろから肩に触れられて呼びかけられたのを憶えている。この頃、男性に慣れていなかったので、緊張して動きが不自然になってしまって、それが恥ずかしくてたまらなかった。そんなわたしを気にもとめず、緑色の髪をしたYさんはくわえタバコでわたしに話しかけた(Yさんの姿や自分の羞恥はありありと思い出せるのに、なぜ呼び止められたのかは覚えていない)。この時からわたしはすでにYさんのことを強烈に意識していた。だって、「この人を好きになってはいけない」と強く思ったから。

 

また、Yさんと他のサークルのメンバーでひとり暮らしの友達の家に押しかけて泊まったことがある。すでにその時わたしの頭の中はYさんでいっぱいで、喜びと怖さが入り混じってわたしは興奮していた(わたしは卑屈なので好きな人に近寄るのは多大な勇気を必要とする)。寝静まるみんなをよそに、初めて夜通しで語り合った。ギターをかき鳴らして、わたしにTHEE MICHELLE GUN ELEPHANT の世界の終わりを歌ってくれた。そしてそのあと、2人で朝方のコンビニに行った。お腹がすいてるから、と言ってカゴにどう考えても食べきれない量をぽいぽいと入れていくYさんを宥めると、Yさんはレジで「お金がない」とか言って笑ってクレジットカードを出した。わたしは払います、と言った。でもYさんはこれくらいいいよ、と笑った。クラクラした。惚けるくらい、Yさんは父に似ていた。そして、そんなYさんを、わたしはあきれるくらいに好きだった。

 
Yさんのことを話しだすと、今でも止まらなくなる。2人で話したことや、行った場所や、そのときのYさんの姿。書き出したら止まらないくらい、わたしはすべて鮮明に憶えている。

Yさんは自分のことを「ぼく」と言ったし、わたしのことをちゃん付けで呼んだり、「きみ」と呼んだりした。たまに、呼び捨てで呼ぶこともあった。柔らかく穏やかな調子で喋るくせに、ごう慢で断定的な話し方をする。「○○ちゃんは良い匂いがするよね」と言ってわたしの髪を撫でたり、一度、わたしとかわいい女の子が並んで座っていたときに、女の子と話していたくせにわたしに全く気づかなかったこともあった。Yさんは自分だけに見えている世界があって、その世界に忠実に生きている人に見えた。
もちろん、周りには「変わった人」と言われいたし、Yさんを苦手に思う人も一定数いた。見た目はブサイクではないけど特別カッコよくもないのに、一部の女の子は信者のように彼にまとわりついた。Yさんは、電波のような香りのような、なにか一部の人だけが惹き付けられるものを発していた。

そして、わたしの父は、そんなYさんにとてつもなく似ている。不思議なことに、わたしがそれに気づいたのはもう後戻りできないほどにYさんを好きになってしまったあとだった。
大学の友人に父の話をしたら、Yさんのことだと勘違いされるくらいには、父とYさんはなにか同じ匂いを漂わせていた。

わたしにとって、いつの間にかYさんは「お父さんの代わり」になっていた。
Yさんや父のような人は、あまりきちんと人を愛することがない。それはこういう種類の人間と知り合ってみないとわからないし、知っているとすれば猛烈に共感してもらえると思う。
母が「父に愛されている実感はない」と言うくらい、父は奔放な人で、もちろんわたしも父に「愛され」てはいないと思っている。父は「愛」というよりも「お気に入り」に近い感覚で人を好きになる。Yさんも同じだった。奔放で、自由で、ごう慢で、とても寂しがり屋。
Yさんは父と同じようにわたしにやさしくて、甘くて、そして父と同じように、わたしを特別にはしてくれなかった。

とてもとても苦しかった。わたしはYさんの特別になりたかった。父と同じような人を偶然好きになってしまったのか、父に似ている人に好いてもらいたかっただけなのか、わたしはよくわからなかった。どちらにせよ、父に似ている人に恋しても無駄だということだけはわかっていた。
Yさんを知っている友達はみんな、「しょうがない人を好きになった」と言った。ある人が、戦隊もののセリフに引っ掛けて「最初からクライマックスの恋だね」と言ってきたときは本当に面白かった。

この、恋か執着かわからない感情が最終的にはどうなったのかと言えば、終わってしまった。どうやって終えたのかといえば、Yさんを深く知ったら、消えてしまったのだ。
Yさんの特別になりたかったのに(この「特別」というのは、彼女でも友達でも、関係の名前はどうでもよかった)、Yさんはわたしを父と同じように「お気に入り」にしかしなかった。わたしは次第に苦しくなりすぎて、Yさんを避けるようになった。諸事情でサークルにも行かなくなり、音楽からも遠ざかりはじめた。すると、Yさんからよく連絡がくるようになり、ご飯に行ったり電話をするようになった。Yさんはわたしがサークルを辞めそうなことに、少し勘づいていた気がする。苦しかったくせに、やっぱり嬉しかった。

でも、Yさんを少しずつ知れば知るほど、Yさんは父と似てはいるものの、お父さんじゃなかった。当たり前だ。わたしのお父さんは、たった1人しかいないんだもの。Yさんは、実はお父さんじゃない。それが実感としてわかっていって、やっとわたしはYさんへの執着を手放した。


恋と執着は何が違うのでしょうか。

わたしはYさんのことを本当に好きだったのでしょうか。でも、とりあえず、わたしの大学1年はYさんで埋め尽くされていた。
以上、これが、わたしのとてもとても好きだった人の話。

 

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今週のお題「恋バナ」