日なたの窓に憧れて

メンタルが弱い

いいからお前ら神聖かまってちゃんを聴け

 

まずこれを読むのは

スクールカーストが最底辺だった

・オタク

・いじめられてた

・オタク

・メンヘラ

・オタク

だけでいい。当てはまらないやつはEXILEかワンオクロックか西野カナ聴けばいい。それか深夜のクラブに行け。

 

 

さて。

神聖かまってちゃんを知ってるか。

たけうちんぐダイアリー: 神聖かまってちゃん事件史

 

ファンじゃない人には徹底的に避けられて疎まれドン引かれてるバンドだろう。わたしもそのクチだった。演奏は決してうまくないし、ニコ生とかで半裸で叫んでるし。そんなわたしが聴くようになった理由は、2ちゃんでさんざん「の子(ギターボーカル)は天才」という言葉を見つけたから。人を叩くことを生き甲斐としているに2ちゃんねらが褒めている。そんで、わたしはゆうちゅうぶで神聖かまってちゃんを検索して、聴いて、泣いた。

 

 

友達なんていらない死ね PV 神聖かまってちゃん - YouTube

神聖かまってちゃん【死にたい季節】2014/3/26 恵比寿LIQUID ROOM - YouTube

神聖かまってちゃん - 23才の夏休み【English Subbed】 - YouTube

 

 

「友達なんていらない死ね」「死にたい季節」「23才の夏休み」曲名からしてなんかやばい雰囲気がする。かまってちゃんの初期曲は歪みきったギターに澄んだピアノの音、そしてボイスチェンジャーでさながら犯罪者のように声を変えたボーカルが特徴だ。これはわたしの勝手な考察だけど、自分の中でいちばんどろどろと圧縮された苦しい感情を歌にするとき、の子は自分の声で歌わない。この音がの子なんだ。歪みすぎて誰にも受け入れられそうにない部分と、それでも綺麗で澄み切った音が絡み合うことが。

そして、YouTubeにあがるPVの多くは自作。23才の夏休みに出てくる人物はもちろんボーカルのの子だ。このPVがなんともいえず良い。わかるやつにしか分からない鬱屈や破裂しそうな苦しみが音楽とともに伝わる。まあ、言葉にしても陳腐になるだけだけどね。

 

そして、詞。

えっまじ?! そんなセリフが言えたとき  

お友達ってやつがいるのかな  

 えっまじ?!まじ?!うっそでしょ?!

休み時間によくある景色

 

ねえそうだろう

諦めてると僕らは なぜか

少し 生きやすくなる

 

はあ……………。この詞ですべて説明されてしまっているから、これ以上言葉を重ねるのは野暮だ。

わたしが特にすごいと思うのは23才の夏休み。珍しくテンポがはやく、印象的で爽やかなピアノ。ギターも明るいコード進行なのに、少し低い声でだらだらと自嘲の笑みすら含む感じで「夏が来たなんて言ってもどこにも行かない 予定がないからね」と歌う。それに合わさるの子の引きこもるPV。夏って明るくて、楽しくて、とにかくプラスなイメージで捉えられやすいが、我らみたいな人間にとっては夏は憂鬱な季節だ。爽やかさを疎む陰鬱といつまでも進めない自分への諦めとそれでもまだ終わってないという希望がこの曲にはある。

 

そんな神聖かまってちゃんもメジャーデビューし、三十路に。精神疾患持ちで過激な言動が目立ったの子も落ち着いてきた。そしてそれが楽曲にも現れている。

 

https://m.youtube.com/watch?v=xxyA26gJ22E

 

https://m.youtube.com/watch?v=UFgwK5oqd1U

 

いやいやいやいやいや。「きっとよくなるさ」て。あんだけ死ね死ね言ってたヤツがよくなるさ、て。って思うだろう。いや思った。いやいや思ってる。だけど神聖かまってちゃんはやっぱ凄いんだ。まず「ズッ友」。いやこの曲やばいでしょ。イントロからしてもう1回聴いたら忘れない。かまってちゃんの良さにメロディのポップさというのがあるけど、それの真骨頂だと思う。そして詩的センス。

 

花火大会を通り越し 君んちに行ったんだ

ベランダ2人腰掛けて なぜか寂しくなる

ずっと一緒にいられる?

 

なんてことないのだ。花火の描写も何もなくただ「花火大会を通り越し」、「ベランダ2人腰掛けて」いることからふたりで花火を見ていることがわかる。でも、「花火大会を通り越し」なのだ。花火大会には直接向かわない。2人が禁断の恋に落ちることを「ズッこける」と表現するところにの子っぽさがあるね。

 

そして、「きっとよくなるさ」。これは単純にサラリーマン応援歌なのだが、今までが風刺的だったピアノの音が嫌味なくなっている。

うまくいかないこともあるさ人生

全部きっと良くなるさ

 

いやお前サラリーマンの気持ちなんてわかんのかいな!てツッコミは置いておいて、なんか、の子に良くなるさって言われると腹が立たないのはわたしだけなのかな。の子はしんどい思いを今までずーっとしてきて、それでも良くなるさって信じられるようになったのだ。わたしは神聖かまってちゃんの熱心なファンなわけじゃない(これだけ書いといて)し、の子のことはなんも知らないけど。音楽が多少売れたってこともあるし、それによって人格が肯定できるようになったこともあるかもしれない。でも、これは、わたしたちみたいな自分たちの狂気を屈折した形でしか現れない奴らの、希望だと思う。の子は自分で言え!って、言ったけど。

 

わたしはこれからも、絶望も希望も神聖かまってちゃんと共にしたいと、ただ思ってる。みんなも早く神聖かまってちゃん聴きなよ。